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臨床心理士hanaのひとり妄想diary☆

総合病院勤務です。世の中の出来事を、いち臨床心理士の視点からいろいろ妄想しつつ、考えてみたいと思っています。

「おでんツンツン男」と「WELQ問題」には共通点があると思う。

 

 

こんにちは。葉菜です。

しばらくお休みをしていたブログですが、また少しずつ書いていこうと思います。

 

今年も残すところあと10日ですね!一年って本当に早い!

この言葉、毎年言っている気がしますww

 

ノロウイルスのニュースが今日報道されていました。

インフルエンザやその他体調不良の予防策、それは「うがい」と「手洗い」。

年末を穏やかに過ごすために、しっかりやっていきたいですね!

 

 

さて今日は

「おでんツンツン男」と「WELQ問題」には

共通点があると思う。

というタイトルで書いていきます。

今回もあくまで、葉菜の妄想なのでその点をご理解の上、お付き合いくださいね。

 

 

物事の善悪よりも

“注目される”ことが一番大切?な世の中。

「おでんツンツン男」さんは、ネットでたくさん非難されています。

当然ですよね。何をやっているんだか。

でもこの手のニュースは今に始まったことではありません。

今までにも、コンビニの店員がアイス冷凍庫に入った動画をネットに公開し、非難されたこともありました。

 

なぜ彼らは、こんなことをするのか。

おそらく、もの物事の善悪を問われれば、“やってはいけないこと”というのは十分わかっている年代だと思うんです。

 

でもなぜ、このような行動をするのか?

それは

「注目してもらいたいから」

 

やっぱりこの理由が一番なのかな、と感じています。

物事の善悪が承認欲求に勝ってしまうということなのだと思います。

 

 

“隣の芝の青さが見えすぎる”今の社会

葉菜なりに、なぜ「物事の善悪が承認欲求に勝ってしまうのか」考えてみました。

理由の一つに、SNSの普及があるのではないかと感じています。

 

SNSは、今まで知り得なかったたくさんの人の個人情報であふれています。

投稿する内容は人それぞれですが、多くは「リア充系に“見える”投稿」が多いように感じています。

 

今日は○○ちゃんと、話題の◇◇でランチ!おいしかった~♡

と写真とともにアップしたり

本日付で、○○に異動になりました。今後ともよろしくお願いします!

と近況報告したり

 

これらの内容はどれもこれも“日常を切り取ったもの”であり、また“自分にも起きている出来事”だったり、します。

そう、特別な事ではない。

そして投稿している側も日常を“選んで”投稿しているわけで、辛いこともたくさんあるわけです。

でも、楽しそうな笑顔の写真とともにアップされた投稿は、見ている側に“常に充実しているように”映り、そして時に

人の羨望や嫉妬という感情を呼び起こす可能性があります。

 

例えば友人のランチ投稿を見て

◇◇ちゃんと一緒に行ったんだ~。だったら私も誘ってくれても良かったのに…。とか

友人の異動の投稿を見て

あいつ、○○に異動になったんだ。昇進だな。それに比べて自分は…。とか

その投稿にたくさんの「イイね!」がついて注目されていたら、なおさらです。

 

もちろん、このように感じる方だけでなく

私も今度◇◇に行こう!とか、あいつを見習って自分も頑張ろう!とか、そういうプラスの動機づけになることもたくさんあると思います。

 

でもやっぱり人間って

隣の芝は青く見える

そんな生き物だと思うんです。

 

リア充に“見える”投稿を見続けると

自分も注目してもらいたい!

「イイね!」がたくさんもらえる投稿がしたい!

と考える心理…自然な流れかなぁ、なんて思うのです。

 

それがいき過ぎてしまったのが、「おでんツンツン男」さん。

物事の善悪を忘れて、注目してほしい!が勝ってしまったのかもしれません。

 

この、認めてもらいたいという「承認欲求」は人を大きく突き動かす力があります。

承認欲求が満たされないことに腹を立てて、犯罪に走ることもあるくらいですから。無差別殺人とか、これにあたると思います。

 

「WELQ問題」も一緒なのかな、と感じています。

下火になってきましたが、少し前「WELQ問題」が大きく取り上げられていました。

内容に関しては、多くのサイトで取り上げられているので、ここでは割愛しますが

規模の差はあれ、「おでんツンツン男」さんの件と一緒かと思います。

検索上位を取り多くの広告収入を得ることに意識が集中してしまい、一番大切な情報の正確性や信憑性といった部分が欠落、すなわち物事の善悪が置いてけぼりになったわけです。

 

「おでんツンツン男」さんと「WELQ問題」の共通点、それは

注目されれば、なんでもいい!

という価値観。

この価値観はとても危険ですが、実際広がっていると感じます。

 

 

検索上位至上主義と物事の善悪の「バランス」

ITに関しては非常に疎い葉菜なので、詳しくはわからないのですが

googleやyahooで検索した時に上位に来るものは

検索数が多い順」であって

「正しい情報が上位に来るわけではない」ということは知っています。

 

物事の善悪ではなく、注目されているかどうかが価値観の中心。

こういう世の中であるかぎり、葉菜は「おでんツンツン男」さんの様な人は今後も出てくるのではないか、という気がしてしまいます。

 

 

このような人が出てこないようにするためには、しっかり罰を与えそれをしっかり報道し、“こういうことをしたらどうなるか”を目に見える形で教えることが必要だと思います。そして

”注目されること”と”称賛されること”は違う

ということをしっかり伝える必要があると思います。

そうじゃないと、子供たちが真似してしまうかもしれないからです。

 

久々の投稿、長くなってしまいましたが

本日もありがとうございました。

体調を崩さぬよう、ご自愛くださいませ🌸

 

葉菜

イチ臨床心理士の「心の整え方」

こんにちは!葉菜です。

11月に入ってグッと寒くなりましたね。

昨日今日は、個人的には冬の寒さだと思っています。

ダウンコートを引っ張り出しました!

風邪が流行る季節となりました。そしてインフルエンザの季節も目の前です。

皆様、暖かくしてお過ごしくださいね!

 

 

さて、今日はタイトル通り

いち臨床心理士の「心の整え方」

について書いてみようと思います。

 

この仕事をしていると、よく聞かれる質問があります。

患者さん(クライエントさん)の辛い話を聞いていて、葉菜さんが辛くなったりしませんか?

相手の方の辛い気持ちを、もらっちゃったりしませんか?

という内容の質問です。

 

私個人の回答としては、「NO」なんですね。

辛い話を聞いても、皆さんが思うほど辛くなったりはしませんし

気持ちも、もらっしゃったりすることはあまりないと思います。

 

そんな風に回答すると

どうやって気持ちを整えているんですか?

なんて、聞かれます。

 

なので今日は、しがない「イチ臨床心理士の心の整え方」を書いてみようと思います。

あくまでも個人的な方法であることをご理解していただいて、読んでいただけると嬉しいです。

 

 

なぜ辛い話を聞いていて、辛くならない?

まず、この質問からお答えしようと思います。

なぜなら「2つの自分でお話を聞いているから」です。

わかりづらいので、解説しますね。

 

正直、患者さんの辛いお話は、聞いていて胸が苦しくなることはしょっちゅうです。

思わず涙が溢れることもあります。

それくらい壮絶な話も少なくありません。

これが、1つ目の自分

 

では、2つ目の自分。

「精神医学的な観点から、話を聞いている」

これがあるので、辛いようでそこまで辛くないのだと思います。

 

私たち臨床心理士が現場に送り出される理由

それはただのお話し相手になる為ではありません。

精神科医とは違う視点で、患者さんの心理面をアセスメントして欲しい。

そして何か課題があるのであれば、カウンセリングで扱って欲しい。

それが一番の目的です。

一応、お薬を投与するのと一緒で、私達が介入することは医療行為になります。

 

なのでお話を伺いながら、性格傾向とか物事の考え方、感情の動き、人間関係など相手の方を総合的にアセスメントしています。

 

ざっくり言うと1つ目の自分は素の自分

2つ目の自分は医療者として客観的にお話をきいている

ので、これがある意味バリア?みたいな役割になって、そこまで辛くならずに仕事が続けられるのだと思います。

 

逆に言えばこれが出来ないと、このお仕事は難しいかもしれません。

 

 

考えてみればこの手法、プライベートでも使っていると思います。

臨床心理士になる前から、そうでした。

やっぱり色々つらいこと、傷つくこと、ありますよね。

そういう時は必ず

あんな酷いことを私に言った◯◯さん、どういう心境や立場だったのだろう?

と考えていました。

あんなこと言われてチョームカつく!では終わらないのが、私でした。

変わり者ですかね?ww

でもそういう視点で考えていくと、今まで見えていなかったものが見えてきて視野が広がっていきます。

「視野が広がる」って大切ですよね。

 

 

心がけていること

こんなスタンスで仕事をしている葉菜ですが、やっぱり疲れる時はもちろんあります。

正直、16件のカウセリング(約50/1)なんかやると正直ぐったりですww

そして仕事後に研究会とかあると、どうやってサボろうか…”って悪い葉菜が出て来ることもシバシバww

 

あと、希死感が高まっている方とお話する時は、やっぱり緊張しますし家に帰っても気になってしまいます。

カウンセリングの最後に、患者さんに対して葉菜は必ずまた来週、お会いしましょうとお伝えするのですが、希死感が高まって実行しそうな方にはつい

また来週もお会いしましょう。お待ちしてますね。

と一言多く、力強く言ってしまいます。

そして帰るお姿を見送りながら

この辛い局面を乗り越えてー!待ってますよー!!!

と熱い視線(?)を送りながら、心で念じてしまいます。

 

また患者さんに冷たくあしらわれた時も、正直ちょっと傷つきますww

カウンセリングを進めていくと、必ず「抵抗」という局面が来ます。

カウンセリングでは、ある意味自分の一部分を変えていこう!みたいなところがあるので

それに対する抵抗です。

葉菜さんを見ているだけでムカつくんで、来ないでもらえますか?とかあります。

理屈はわかっていても、一瞬落ち込み傷つきますww

 

 

前置きが長くなりましたが、葉菜が心がけていることを書いていきます。

 

1)自分の好きなことをする時間を意識的に作る。

2)辛い時は、誰かに話を聞いてもらう。

3)他者の視線をあまり気にしない。

4)マイペースに行く。

5)時々引きこもる。

 

自分の好きなことをする時間を意識的に作る。

これは本当になんでも良いと思っています。趣味に時間を使っても良いですし、何もしない、ぼーっとする、ひたすら寝る、でも全然OKだと思います。

「自分にとって大切な時間」だと思う時間を意識的に作ると、ざわざわしていた心が落ち着いて来る気がします。

 

辛い時は、誰かに話を聞いてもらう。

これはカウンセリングでもお伝えしていますが、出来たら相談相手は複数いた方が良いでしょう。仕事に関してはAさん、家庭問題はBさんという具合に。

信頼がおける1人に相談するのももちろんアリですが、相手の方の負担になってしまうこともあります。

 

他者の視線をあまり気にしない。

よく言いますよね。「自分が思っているほど、他人は自分のことを気にしていない」と。

これ、本当にその通りだと思います。

皆さんが一番関心があること、それは自分自身だから。

葉菜も正直心が弱っている時は気になりますww でもそういう時”私は私!”と言い聞かせています。気にしなさすぎるのもKYになったら大変なので、「あまり」がポイントですww

 

マイペースに行く。

「マイペース」というと、なんだかのんびりというイメージになりやすいですが、決してそういう意味ではありません。自分の好きなペースで行くという意味です。

のんびり好きの方はのんびりでいいし、積極的に動きたい方は積極的に行く。

社会と接しているとどうしても自分のペースで!というのが難しいところはたくさんあります。なのでせめてプライベートだけでも、自分のペースを意識することって必要かと思っています。

 

時々引きこもる。

これは上の「他者の視線をあまり気にしない」「マイペースに行く」と関連していますが、この2つがどうしてもできない時は、引きこもります。職場の飲み会や友人と会う約束も最低限にし、有給があり仕事的にも休んで大丈夫そうなら、休むこともします。社会全体から距離を取り、刺激を遮断します。

これは良いのか?正直よくわかりませんがww、個人的には心の体力回復には必要だと思っています。社会と付き合うって、楽しいですけど疲れるからです。

 

 

あと読書なんかかも良いですね!

心を整える。」という本を執筆されたサッカー選手の長谷部選手も著書の中でおっしゃっていますが、心の筋トレなんておっしゃっています。

でもこれも、余裕がある時で良いと思います。

 

だらだらと書いてしまいました。

結論から言うと、心の専門家だからと言って高度なことをしているわけではない

ということです。

 

 

「心の整え方」という点では、アメリカ大統領選挙で勝利したドナルド・トランプ次期大統領に、ストレスの向き合い方なんて聞いてみたいですね!

一流の方の心の扱い方、興味があります。

 

 

今日も最後まで、ありがとうございました!

 

葉菜

最近の小中学生って、大人と同じくらい(もしくはそれ以上?)忙しいんじゃない?って気がしています。

こんばんは!葉菜です。

今日は前からぼんやり思っていたことを書いていこうと思っています。

 

それはタイトルの通り

「最近の小中学生って、大人と同じくらい(もしくはそれ以上?)忙しいんじゃない?」

ってこと。

 

週末公園を散歩していると、小中学生は野球やサッカーをやっている姿を目にします。

土日はお休みする日なのに、運動。

まぁ、若いからいいのかな?なんて思ったりもしますがww

他にも習い事をたくさんやっている子もいますよね。塾とか体操教室とか、英会話とか。しかも大人顔負けの10時過ぎまでとか!週に3~4日とか。

もうびっくりです。

 

彼らにもお休みが必要なんじゃないかな?なんてたまに思ったりしています。

ちゃんと休んでいるのかな?

ちゃんと寝ているかな?

 

 

以前も書きましたが、私が勤務する総合病院にはたまーにですが

小中学生の自殺未遂?(飛び降りが多い)患者が搬送されてきます。

多くは親子喧嘩で衝動的に行動してしまって、死ぬつもりはなかったという子が多く、全身骨折だらけになって「とんでもないことをしてしまった」と反省していたりするわけですが…

 

多感な時期で感情コントロールが出来ないゆえの行動と思いつつ

彼らが生活する世界もなかなかストレスフルだと、話を聞きながら感じます。

 

悩みの多くは、友人関係や進路、学業成績、そして家族のことです。

で、話を聞いていて思うのですが、彼らにはうまく発散する方法が少ないんですね。

そして関わっている世界が限定的なので、囚われやすいし、他に逃げる場所もない。

学校できる友人関係や学業、進路の悩みは家族の耳にも入りやすいですしね。

(友達のお母さんとか担任の先生とか、そういう経路で情報が流れてしまう。)

これは子どもゆえの悩みとも言えるかもしれません。

 

 

大人だったら、嫌なことがあったら飲みに行ったり、美味しいものを食べに行ったり、ふらっとどこかに行ったり、お金を使って多少なりとも発散する方法はありますよね。

別の顔を持っている人は、そっちで思いっきり発散できると思います。

 

でも子どもって制限だらけ。

ゲーム、インターネット、携帯電話は時間で使用が限られていたり。

もちろん夜出歩くなんで出来ないし、好きなものを買うお金もないし…

結局自室にこもって悶々とするだけになってしまう…

 

もちろんこれらの制限は彼らが成長していく上で必要な学びの場であると思います。

自分で制限を掛けられないので、周りが掛けて彼らを守る。

とても必要なことだと思います。

 

でも子どもの立場になってみると、結構キツイなぁと。

 

彼らにとっての息抜きの場所って何処なんだろう?

大人子ども関係なく、そういう場所って必要ですよね。

 

 

たくさんのことを吸収して成長していく子ども時代。

いろいろなものを与えたくなりますが、彼らの息抜きの方法やもしっかり考えていかないといけないな、とイチ大人としてぼんやり思ったりしています。

 

 

寒くなってきました。

暖かくしてお過ごしくださいね♫

今日も最後までありがとうございました!

 

葉菜

 

 

 

 

元自衛官による宇都宮爆発事件について思ったこと

こんにちは!葉菜です。

朝晩がすっかり冷えるようになってきて、日に日に秋が深まってきました。

 

さて今日は10月23日日曜日に起きた

自衛官による宇都宮爆発事件について

書いていこうと思います。

日に日に、容疑者の素顔や家族背景、動機などが見えてきていますね。

 

 

栗原容疑者はどんな人?

どんな家族?

こんな記事を見つけました。栗原容疑者の実妹さんのインタビュー記事です。

headlines.yahoo.co.jp

 

実妹さんのお話によると、栗原容疑者は

子どものころからアマチュア無線を取ったり、機械いじりが好きな人だったようですね。

 

家族構成は

妻、娘さんの3人家族のようです。

娘さんは精神的な疾患を患っていたこと

妻はその娘の病気の治癒を求めてとある宗教団体に入れ込んでしまったことなどが書かれていました。

栗原容疑者の退職金数千万円もすべて宗教につぎ込んでしまったとか?!

栗原容疑者自身は、娘さんを医療の方に繋げたかったようです。

 

そのことがきっかけで夫婦関係、家族関係がぎくしゃくし始めたようです。

栗原容疑者がご家族に手を挙げてしまう機会もあったそうで

最終的には裁判で負けて離婚、その際家族への暴力がDVと判断され、妻・娘への接近禁止命令が出てしまったようです。

残り少ない財産も折半になってしまったようで、家族も財産も失う形になってしまったようです。

 

ちなみに妻が入れ込んでしまった宗教団体は

「精神病は病気じゃない」などの本を出版している方が代表だとか?!

非常に恐ろしいタイトルですね…。

患者さんやそのご家族の気持ちとして、このように思いたい気持ちは十分理解できます。

ただ疾患にもよりますが、少なからず娘さんの病気(ネット情報で信憑性が不明なため、あえて書きませんでした)は脳の病気の範疇で、しっかりとお薬でコントロールしてあげる必要があります。

 

 

栗原容疑者の心理を推測してみる

栗原容疑者は事件を起こす前、どのような気持ちだったのでしょうか。

ここからは葉菜の妄想になりますが、少し考えてみたいと思います。

 

まず家庭裁判所で敗訴したこと、すなわち自分の主張が通らなかったことはとてもショックだったであろうと感じます。

おそらく栗原容疑者なりにご家族を大切にしてきたつもりだし、娘のことも一生懸命考えてきたのに…接近禁止命令が出ちゃったわけですから。

 

家族からも世間からも

理解してもらえなかった。。。

 

ネット情報ですが、栗原容疑者はSNSなどを使ってしきりに元妻や娘あてに、そして世間にたくさんのメッセージを残しています。

栗原敏勝、家族だった嫁と娘からとんでもないことをされていた!?(Facebook画像あり) 宇都宮爆発、犯人は元自衛官 | 悪善ニュース

 

それだけ消化しきれない思いがあふれていたのでしょう。

ストーカーに近い状態とも言えますが…。

 

強い怒りと孤独感を感じます。

 

 

なぜ無差別殺人のような方法を選んだか?―高齢と強い自己愛?―

このような状況の場合、標的は妻と、その他恨みを持ったり人?と思ったりもしますが、(実際そういう事件も多いですよね)なぜ無差別殺人のような形を取ったのか…。

 

やはりそれは

たくさんの人に、自分の苦しみを知って欲しかった

これだけ苦しんだんだ、と関係ない人を巻き込むことで表現したかった

妻やその他、理解してくれなかった人をたくさん苦しめるため

なのかな、と感じました。

 

強い怒りの背景には、強い自己愛の存在を感じます。

自己愛の強い人は、一般的に“理解してもらえない”ことに過敏に反応します。

 

また高齢である、という点も要因の一つではないかと感じています。

 

 

高齢者の心理

年を重ね高齢になってくると、たくさんの喪失があります。

仕事、健康、家族や友人との死別…。

一つ一つをとっても、喪失は精神的にもこたえることだと思います。

そんな中で、支えになるのが

“人との関係と自分の役割”になります。

特に家族などの身近な存在との関係性はとても重要になります。

 

例えば年を重ねても、“娘の父親である”という役割。

気遣われるだけでなく、気遣う存在が居るということ。

自分が必要とされている、存在しても良い

と感じる瞬間ですね。

実際は娘から「私のことより自分のこと心配してよね!」なんて

強い口調で言われてしまうかもしれませんが(笑)

 

またそのような存在と役割は、喪失の連続の世界から未来を生み出します。

例えば娘の結婚を見届ける。

孫の小学校入学を一緒にお祝いしたい。

こういった具合です。

 

喪失の中にも、希望や夢が含まれる未来が見えてくるわけですね。

 

 

でも栗原容疑者に当てはめると、残念ながらそういう環境ではありません。

少なからず自分の家族(妻と娘?)からは、“居なくなってほしい”存在になります。

これほど悲しいことはありません。

 

あなたは要らない

消えて欲しい

 

実際にそう言われたかどうかはわかりませんが、接近禁止命令というのはそういう意味合いが含まれているわけで…。

それほどのことをしているから、そういう判決になるわけですが…。

 

 

一般市民を巻き込んだ爆発自殺事件が、到底許されるものではありません。

ただ背景を辿っていくと、栗原容疑者を一方的に非難できない、と個人的には感じています。

 

怪我をされた方の、一日も早い回復を心よりお祈り申し上げます。

 

 

本日もありがとうございました!

葉菜

「ぼっち」について考えてみました。

こんばんは!葉菜です。
今日は

「ぼっち」

について考えていこうと思います。

「ぼっち」とは・・・そう!
”一人ぼっち”の「ぼっち」です。

 

みなさん、ふと
自分はぼっちだなー
なんて思うことありますか?

週末のスケジュールがガラガラで、まだ仕事している方が紛れる…って思う方
会社で、気づいたらグループに入れていない…
1人職場で、一日誰とも話をせず終わってしまった…

 

普段意識しない人でも、これから年末に差し掛かり
忘年会やクリスマスなどイベントが増えてくるので
「ぼっち」を意識する人、増えるかもしれませんね。

今日は、そんな「ぼっち」について思うことを書いてみます。

 


やっぱり寂しい?!
ぼっちの最大のデメリット?と言ったらやっぱり
寂しい…
になるでしょうか。

みんな楽しそうにしているのに、自分だけ…
仲間はずれにされているのかな…
なんだか不安になりますよね。

でも心理学的に見ると、ぼっちでいられると言うのは
ある程度心の体力がある
という意味で、ポジティブにも捉えます。

なぜならすでに書いたとおりに、ぼっちは
孤独や寂しさ、不安を喚起するものですよね。
でもそういう感情に耐えながら生活できる
とも言えるからです。

ぼっちが苦手な人は
人を求めて奔走します。
携帯電話が手放せないかもしれません。

なので、ぼっちでいられるというのは
ある程度の心のタフさ(健康度)がある
とも考えられます。

※「人との交流が苦手でぼっちを好む」となると
また違う問題が発生してきますが・・・


ぼっちにもメリットはある!
私なりにぼっちのメリットを考えてみると
・1人の時間を確保できる
・周りに流されなくて済む

この2点が考えられます。

人と一緒にいすぎて自分の時間が確保出来ないと
勉強が進まなかったり、頭の整理が出来なかったりします。
そういう意味で、ぼっちを有効活用すると
自分自身を高めることができるのではないでしょうか。

 

また周囲の意見に耳を傾けることはとても大切です。
しかし傾けすぎて、自分の中で収集がつかなくなってしまうこともあります。
そういう時は外からの情報(刺激)を遮断して整理することも必要です。
そういう意味でぼっちに、あえてなってみるというのも
社会との付き合い方の一つではないかと、葉菜は考えています。


脱?ぼっち対策
いくらポジティブ面を考えても、やっぱり寂しい!辛い!という方向けに
どうしたら脱ぼっちできるか!?を日々の臨床を元に考えてみました。

・自分から話しかけられそうな人に少し話しかけてみる
→すでに挨拶を交わすくらいの関係の人がいたら、その人に対して挨拶プラスαで話しかけてみる方法です。
例えば、「おはようございます。今朝は寒かったですね~」とか
この程度でOKです。

しばらくの間はこの程度の会話で終わってしまうかもしれません。
でもしばらく回数を重ねると、会話のラリーが続く関係に発展しやすいです。

あくまでの葉菜の勝手な印象ですがぼっちの人は
ぼっちオーラ
を感じます。

世界が閉ざされている…というか。周囲に背を向けているというか。
なので、周りも話しかけづらさを感じている可能性があります。
したがって、こちらから話しかけることで
実は話かけやすい人!フレンドリーな人!
という印象付ける必要があります。


相手が質問をしてくれたら、こちらも質問を仕返す。
答えるだけじゃない、声を掛けてもらうのを待つだけでない
関わりが必要かと思います。

こちらから挨拶をすれば、相手も必ず挨拶を返してくれます。

あまりお話をする機会がなかった人から突然話しかけられて
思いかけず嬉しい!と思ったこと、ありませんか?
相手も一緒です。


挨拶をしっかり
ありがとうをはっきり
一回一回の関わりを笑顔で

ベタですが・・・
笑顔大切です、本当に。
この業界に入って、益々そう思っています。
笑顔は笑顔を連れてくるし
疑いの目を向ければ疑いの目が返ってくる…
これは認知の部分になりますが、こういうことなんだなぁと
患者さんの話を聞きながら思ったりします。

ちょっとした場面でこの3つを意識してやってみると
少しずつ空気が変わってくるのではないかと思います。

 

人間関係というのは、レンガを積み上げるかのごとく

一つ一つの場面の積み上げで成立するものだと思うんですね。

なので、最初はなかなか効果を感じないかもしれませんが

焦らずコツコツ、続けてみて欲しいです。

 


今回取り上げた「ぼっち」は
陰湿ないじめとかではない
人との関わりが少ない方向けに書いています。

読んでくださった人の中で、陰湿ないじめやパワハラ等に
悩まれている方もいると思います。
そういう方は、ちゃんとした相談機関・相談先に相談してくださいね。


今日も最後までありがとうございました!

葉菜

AIはカウンセラーになれるのか?

こんにちは!葉菜です。

 

最近、話題のAI女子高生りんなとLINEでお友達になってみましたww

会話が成り立っているような、成り立っていないような

でもすぐにレスは帰ってくるし、十分会話は楽しめると思います。

そんなことをしているある日、知人からこんなことを言われました。

 

いつかAIがカウンセラーとかやりだすんじゃない?

 

確かに、今まで人間しか出来なかたことをAIディープラーニングという形で

実現しようとしています。

AI自身が、得た情報から考えて答えを出す。

本当にすごいことですよね。

 

ということで、今日は

AIはカウンセラーになれるのか?

について、考えてみようと思います。

 

 

カウンセリングに求められているものって

なに?

AIがカウンセラーになれるかどうか

それはある意味、カウンセリングという時間を成立させるために必要なもの(スキル?)がAIに備わっていたら、可能ということになるかと思います。

 

ということで、カウンセリングに求められるものを書き出してみます。

 

1)クライエントさんの話を共感的に聴きながら、性格傾向や物事の考え方、感情の動きや知的レベルなどを見立てる。

2)現実をどのように感じ、どのように体験しているのかを考える。

3)沈黙を恐れない。時には積極的に使う。

4)一定の時間、場所を確保する。

5)今回の主訴を解決するにあたり、何が問題かを考えて提案していく。

 

例えば、こんな感じでしょうかねぇ。

裏話をすると、臨床心理士はクライエントさんの話を伺いなら、こんなことを考えています。

結構色々、複雑な事を考えながらお話を伺っています。

 

 

一番大切なポイントは

心の耐性(心のタフさ?)のアセスメント

心の耐性といのは、ものすごく噛み砕くと心の強さ、タフさと言い換えられると思います。

ストレス耐性と言ってもいいかもしれません。

 

どらくらい耐える力があるのかを見極めることは

カウンセリングを進めていく上でも、非常に重要なんです!

なぜなら

カウンセリング自体、ストレスフルな話題を扱うから

です。

 

昔、臨床心理士なりたての頃、自分の職業を他人に伝えると、大抵

「話聞いてもらいたい~」

「癒された~い」

なんて言われました。

 

でも実際は、癒やしでもなんでもありません。

その人が直面することを避けていた問題を

扱うことも多いわけで

むしろ辛い時間だったりします。

 

しかし今の困っていること・症状の改善に必要だ!という同意の元

カウンセリングを進めていくわけです。

 

どのようにカウンセリングを進めていくかに、心の耐性がとても大切です。

 

正直耐性が低い(心弱め)の方は、その方が耐えられる程度の話題にとどめておいて

扱うことが耐えられないことが予想されるものは、一旦保留にします。

 

カウンセリングが進み、心の耐性自体が上がってきたら扱ったりします。

 

 

こんなふうに

心の問題の、どの箱を今開けるのか?

どの箱を閉めたままにしておくのか?

 

そういう見極めに、心の耐性をアセスメントする必要性があるわけです。

 

 

AIにカウンセラーはできるのか?

 

個人的には、NOだと思います。

非常に複雑な思考を必要とするからです。

相手の立場になって考えたり、心の耐性をアセスメントしたり、扱う話題について取捨選択したり・・・

 

でももし、これらをAIが出来るようになったら

本当にすごいですね!

 

でも、本当にそんな日が来たら、逆に怖いとも思います。

AI

人間は不要だ

と判断したら・・・

まさにターミネーターの世界です…。

 

 

今後AIと人間の関係はどのようになっていくのでしょうかね?

 

 

今日も最後までありがとうございました!

 

朝晩がだいぶ冷えてきましたね!

風邪に気をつけてお過ごしください

 

 

葉菜

ヴァーチャルリアリティー(VR)は「コミュ障」を救うか?!増やすか?!

こんばんは!葉菜です。

 

今年2016年は

VR元年

と言われているとおり

ヴァーチャルリアリティー(以下VR)グッツが

たくさん発売されますね!

 

すでに発売が始まっているものもあります。

 

空を飛んでみたり、ゲームの登場人物になったりと、仮想空間がリアルに体験できるVR

個人的にはとても楽しみにしています。

 

さて今日は、そのVRに関連して葉菜が勝手に危惧?していることを書いてみようと思います。

それは

VRはコミュ障を救うか?!増やすか?!

です。

 

ここで述べている「コミュ障」とは、ネットでよく使われている俗語的な方の意味です

 

・人見知りが激しく、人前で緊張してしまう

・滑舌が悪い

・雑談などが非常に苦手、うまく話せない

・何を話ししたら良いか、必要以上に考えすぎてしまい軽いパニックに陥る

 

など人間関係に大きな悩みを抱えるコミュ障です。

ネット用語なので実際に診断名が付いているわけではなく、自称的な側面が大きいかもしれません。

 

精神医学の分野では実際に「コミュニケーション障害」(DSM-)という診断名がありますが、今回はこちらではありません。

DSM-Ⅴから登場したコニュニケーション障害は、私自身勉強不足でまだ十分に理解していないのが現状で。こちらはしっかり学んでから、別の機会に書いてみたいと思っています。

 

では、早速本題に入りたいと思います。

 

 

VRがコミュ障を救うかも?!と思う理由

 

それは

実際の人間関係の良い練習の場になるかもしれない!?

ということです。

 

この場合に使われるVRソフトは、アニメのキャラクターや実際のアイドルとデートや日常生活が楽しめる系のソフトを利用することを想定しています。

 

私は実は、こういう人間関係系?のシュミレーションゲームをやったことがなく、人から聞いたことしかありません。なので、あくまでも想像上のお話なのですが

 

明らかに今までの2次元のときより、臨場感も出てきますし、リアル感が増しますよね。

 

もちろん、実際の人間とゲーム内のキャラクター・登場人物は違う部分もたくさんあると思います。

ただ

対人緊張が高い方、不安が強い方には、練習にいいのではないか?

と思っています。

 

または例えば、就活の面接対策VRソフトとかあっても、面白そうですよね!

和やか面接編と、圧迫面接編と、みたいな。

その他、緊張場面や困難場面を収録したVRソフトを使って、どう対処するか練習するなんていうのもありだと思います。

 

 

VRがコミュ障を増やす?!と思う理由

 

やはりそれは

VRの世界で満足してしまうから

という点です。

 

リアルに近い体験がVRで出来てしまうので、リアルで関わる必要性を感じなくなる方も増えてくる可能性も大いにあります。

そしてその状態に、あまり危機感を覚えない可能性も

 

あとこれは主に男性に言えることですが

VRのアダルトビデオ

の登場で、実際の女性に興味を示さなくなるのではないか?

未婚率の上昇やセックスレスカップルの増加、出生数の益々の減少など

まことしやかに囁かれているようです。

 

海外ではすでにVRのアダルトビデオは出回っているようで

私の海外の友人が見たそうですがwww

あれはやばい!!!!!!と大興奮で語っていましたwww

あまりの興奮の度合いに、女性の私もちょっと見てみたい

と思ってしまったほどですwww

 

確実に日常生活を豊かにしてくれるであろうVR

 

実際には、私達の生活にどのような変化をもたらすのでしょうか?

そして本当に人間関係の持ち方や価値観に、変化が生じるのでしょうか?

 

みなさんはどんなふうに思われますか??

 

 

今日も最後までありがとうございました!

 

葉菜