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臨床心理士hanaのひとり妄想diary☆

総合病院勤務です。世の中の出来事を、いち臨床心理士の視点からいろいろ妄想しつつ、考えてみたいと思っています。

宇多田ヒカルさんと彼女のおかあさんのこと-自死遺族の葛藤の視点から

こんにちは!葉菜です。
今日は約8年半ぶりにニューアルバムを出した宇多田ヒカルさんについて書こうと思います。

もう帰国してしまったようですが、8月下旬からしばらく日本に滞在し、お仕事をされていたようですね。メディアでもたくさん彼女の姿を見かけました。
久しぶりに見る彼女は、ミステリアスな大人の女性の魅力をまとっていて、本当に素敵でした!

そんな彼女の姿で葉菜が注目していたのは、彼女のお母さん、藤圭子さんのことをお話していたことです。

宇多田さんのお母さんである、藤圭子さんは2013年8月22日西新宿のマンションから飛び降り自殺をされたことは有名なお話です。

そんな自死をしたお母さんとの葛藤を、今回色々お話されていたように思いました。

今日はそんな宇多田さんのお母さんに対する思いと変化、そして自死遺族について少し書いてみようと思います。


藤圭子さんはかなり重たい精神疾患だったと思います。
お母さんが自殺した後、宇多田さんは自分の公式ページにコメントを寄せています。

www.j-cast.com

この記事によると、
・現実と妄想の区別が曖昧
・本人の意志で治療を受けることが難しい
・家族を含め人間に対する不信感が増す一方
・自分の感情やコントロールを失っていった
等と書かれています。

 

妄想という言葉と聞くと、統合失調症という病状を思い浮かべる方も多いと思います。
しかし統合失調症以外の疾患でも妄想は出現するので、断定するのは危険です。

 

ただ彼女の記述からすると、かなり重たい病状が予想されますし、未治療で経過していたとなると、ご家族のご苦労はかなりのものだったと思います。

特に子ども時代の宇多田さんは

とても辛く苦しいをたくさんされたのではないかと思いました。

どういうことかというと
子どもにはお母さんの発言が

本当のように聞こえてしまうこと
です。

おそらく妄想モードの時のお母さんは、数々の暴言、否定的なコメントをされたと思います。
宇多田さんのお母さんと同じような病気を持つ患者さんは、例えばこんなことをご家族に言ったりすることがあります。かなり具合が悪いときです。

みんな居なくなってしまえばいい!
あんたなんか産むんじゃなかった!
あんたなんて嫌い。
みんなのせいで私の人生めちゃくちゃよ!私の人生、返して。

あくまでも例えば、ですが。
たとえ”今のお母さんは具合が悪いんだ・・・”とわかっていても
こういう言葉を言われてしまうと、本当に辛いですよね。
しかも数回とかいうレベルではありません。何百回も、何十年も・・・。

人間はいくら健康な人であっても
否定的なことを言われ続けると、本当にそうなのではないか・・・と思ってしまうものです。
特にそれが身近な存在である親からであれば、なおさら・・・ですよね。


でも穏やかなときは、好意的に接してくるわけです。
いつもありがとう。
この間はごめんね。
大好きよ。

どっちが本当のお母さんの気持なのか・・・
大きな悩みと不安が、子どもの心にのしかかるわけです。

 

結婚し息子さんが誕生したことで、宇多田さんが気づいたこと
「お母さんは自分を愛してくれたり、大切におもってくれていた。」ということ。
こんな記事がありました。

www.excite.co.jp

彼女は今回の復帰のきっかけについて、こんな風に述べています。


「自分が親になって子どもを見ていると(自分が覚えていない子供の頃の)自分の空白の2~3年が見えてくる。こんなことを親にしてもらったんだっていう、親に対する感謝、自分がどこにいるのか見えた瞬間、ずっと苦しんでいた理由とか、闇でわからないという苦しみ、なんでこうなんだっていう苦しみがふわっとなくなった気がして、いろんなものが腑に落ちた。」

 

子どもが生まれなかったら、仕事復帰をしていなかったかもしれないとも述べています。

 

以下は葉菜の想像(妄想)ですが・・・

 

宇多田さんはずっと
母は私のことを愛しつづけてくれていたのだろうか?
と悩み続けていたのではないでしょうか。

多分、愛してくれていただろう
でも確信が持てない・・・。
私は大切にされてきたのだろうか・・・。

と。
しかし我が子を出産し育児をしていく中で

自分の記憶にはないけれど
きっとお母さんも私が小さいときにおっぱいをあげたり
お風呂に入れてあげたり、泣き続ける私をあやしたり・・・
そんな風に大切に大切に育ててくれたのだろう

そんなことを自然に思うことが出来たのかな、と。


そして

お母さんから譲り受けた最高のギフトである”歌う”という行為に、再度向き合ってみよう、と。

葉菜の勝手な妄想です・・・ww

 

お母さんの死という最大の葛藤に向き合おうとする宇多田さんは、応援せずに要られません。

主婦として、母として、そして歌手としての宇多田ヒカルさんのこれからが、まずます楽しみです!


今日も、ありがとうございました。

葉菜

小林麻央さんの「病状告知」を聞いて思ったこと-がん患者が辿る心理過程について-

こんばんは!葉菜です。
昨日から今日にかけて、衝撃的なニュースが流れました。
それは、現在がん闘病中の小林麻央さんご本人が、ご自分の現在の状況をブログで発表したというものです。
読まれた方もたくさんいらっしゃると思います。
私も読みました。乳がん原発巣の骨転移と肺転移など、他臓器に転移…。

 

サラッと書いていらっしゃいましたが、とても勇気のいることだったと思います。
彼女の記述から大体のステージ、置かれている状況が推測出来てしまいます。
そういう世間の視線を十分理解されての告知ですよね。
そして、前を向き治療を続ける彼女の姿…。本当にお強いです。
本当に少しでも良くなってほしい!!

と切に願うばかりです。

 

さて、本題に入ります。
彼女のブログを見ると、辛い現状をある程度受け入れているように感じます。
この心境になるまで、本当に苦しい気持ちの動きがあったと思います。

 

がんの業界?では、がん患者さんが辿る心の変化の研究が盛んです。
今日はそれをご紹介しながら、日常の現場でがん患者さんに接して思うことも書いてみようと思います。


告知→怒り・否認・抑うつ→受容
最初のがん告知の精神的衝撃は、かなりのものだと言われています。
今は医学が進み、”すぐに”そして”死ぬ”病気ではなくなりました。
発見が早ければ完治するものもあります。
ただやはり「がん=死」というイメージを持つ方は

少なくありません。

 

死ぬのか・・・・!?という恐怖
なんで私が・・・という怒り
そんなはずはない…!という否認
絶望的な気持ちになる…抑うつ

 

告知後しばらくは、上述の感情が行ったり来たりして非常に強い混乱状態をきたすと言われています。
しかし一般的にはだいたい2週間経つと、これらの感情が落ち着いてきて治療や病気になったことで生じる問題(仕事とか家庭)に取り組めるようになると言われています。


気持ちが回復出来ないと・・・

適応障害と診断されることも!?
2週間程度時間が経過してもこれらの感情が強く残っており、治療や日常生活がうまく行えていない状態であれば、適応障害と診断されることもあります。

 

個人的にはここ、あまり納得が行っていないところです。
確かに
病気という”ストレス”に対して

時間が経過しても適応出来ない
という点で適応障害と診断がつくことは理解出来ます。


しかし生死に関わる病気を”ストレス”と

ひとくくりに考えていいのかな?と思うのです。


ストレスといっても、病気だけでなく、離婚、親の死、子離れ、会社などたくさんあって、そのストレスの強さはそれぞれ違いますよね。
実際そのストレスの強さを研究した論文もあります!
生死に関わる病気に罹患した、しかも”がん”という衝撃から2週間程度で適応できるようになるって、かなり厳しいんじゃないか・・・って思っています。
したがって「抑うつ状態」は理解できますが、「適応障害」と診断がつくのはどうなんだろう??と思ってしまうのです。
精神腫瘍科の先生がいらしたら、ごめんなさい。あくまでも個人的な意見です。


受け止めきれない方も、もちろん居ます
病気の話をしたがらない、すぐに怒り出す…などで、病気を受け止めきれない方もたくさんいます。
私は主に、こういう方々を対象にカウンセリングを行っています。

健康に気をつけていたのに、どうしてこうなってしまったのか…
娘や息子の成長を見とどける事ができないかもしれない悲しさ…
まだやり残したことがある!死ぬ訳にはいかないんだ!
癌であるはずがない!きっと何かの間違えだ!

例えばこの様なお話をされます。どれも至極まっとうなお気持ちばかりです。
病気の話を一切しない方も居ます。話題として出てもスルーです。
心理士である私は、ただ患者さんの話にひたすら耳を傾き続けます。


再発(転移)の衝撃
がん告知(初回)よりも、再発(転移)の告知のほうが患者さんにとっては辛いと言われています。
なぜなら、すでに治療をしっかり行ったうえでの結果だからです。
あれだけ頑張ったのに…
努力が徒労に終わった感じがして、絶望的な気持ちや悲壮感がどうしても出てきてしまうからです。


がんであるという現実を受け入れること
本当に簡単なことではありません。
常に気持ちの変動はあると思います。
でもすでに書いたような気持ち(怒り、否認、抑うつ等)を乗り越えて
目の前の病気に立ち向かう
出来ないことを憂うのではなく出来ることに目を向ける
ということだと思います。

小林麻央さんのブログを拝見していると、まさにこの心理状態なのだろうと感じます。


周囲が患者さんに対して出来ること
患者さんが一番嬉しいこと、それは
周囲の人間が、どういう状況でも変わらない距離感で居続けてくれること
自分の意思で物事が決められること
と言われています。

周囲の人間も、患者さん本人に接することが辛くて(見ていられなくて)足が遠のく…なんてことが結構あります。
でもそういう周囲のちょっとした変化から、患者さん本人がいろいろ感じ取るんですね。

自分の意志と言うのは、自分で食べる-人に食べさせてもらう、人の助けを借りる-自分でやってみるなど
自分で(人に助けてもらうかも含めて)決める
ということです。
他人の判断で決まるのと、自分の判断で決まるのでは全然違いますからね。

 


ひたむきにがんと戦う麻央さんの姿に、私自身大きな刺激を頂いています。
素敵なブログを本当にどうもありがとうございます。
そして、これからも一読者という形ですが、応援し続けたいと思っています。


今日も最後までありがとうございました。

葉菜

フルタイムで仕事をしながらの不妊治療はとても大変

こんばんは!葉菜です。
早いもので9月も中旬。暑さも落ち着いてきましたねー。


さて、今日は
フルタイムで仕事をしながらの不妊治療はとても大変
というタイトルで、書いていきます。

 産婦人科で妊婦さんに接していると、その大変さを乗り越えて妊娠されている方も増えてきました。

今日はそんな患者さん達から、また病院の看護師さん達から伺ったお話を元に、書いていこうと思います。

 


子宮のスケジュールで動く日常生活
今まで子宮のスケジュールで生活することなんてなかったのですが、不妊治療をすると子宮のリズム中心になります。
妊娠しやすい日に夫婦生活を持ったり、毎日基礎体温をつけたり…。
不妊治療する前は、夫婦生活(SEXのことです)ってスキンシップの一つだったり、お互いへの気持ちを確認する行為であったりしたんですが、不妊治療になると共同作業みたいな感覚になるようです。
「まさに「活動」だなぁと感じています。」

なんて、1人の患者さんはお話してくださいました。

治療が進んでいくと、体外受精なんかもスタートしますね。
そうすると、投薬も始まってくるのでなおさら大変のようです。


例えばこんな感じ。
生理3日目…排卵誘発剤服用スタート
生理10日目…卵胞チェック
生理12日目~13日目 採卵→受精
生理15日目前後 胚移植

2週間弱で4回受診が必要になります。
しかも1回の受診も、半日くらいかかるそうです。(病院の人気具合にもよりますが…)

その度に仕事を調整しお休みをするって、結構な心労になりますし、有給がすごい勢いで消えていくとか…。
1回で妊娠できれば良いですが、そうじゃないことも多いですからね…。

考えただけでも疲れてしまいそうです…。

 


職場のどこまでに公表するか?

誰までに不妊治療のことを話をするか…。
非常に難しいですよね…。悪いことをしているわけではないので、堂々としていいわけですが、だからと言って誰彼構わず言うものでもないですもんね…。

患者さんのお話によれば、ごく少数、2~3人の上司だけ…という方がとても多かったです。

同僚の方にお話したという方はあまり居ませんでした。

 

 


仕事に穴を開けることへの葛藤
周りに公表してお休みしやすくなったとしても、やっぱり残るのが
仕事に穴を開けることへの葛藤です。
やっぱり迷惑を掛けてしまいますからね、周囲に。
みなさん、これからスタートする案件から身を引かせてもらったりと、責任が少ない仕事にシフトさせてもらったり…と、いろいろ努力されているようです。

でも
「勝手に周囲の目が気になってしまいました」

という方、少なくなかったです。
ちょっと被害的になりやすくなるようです。

気持ちはとてもよくわかる気がします…。

 

「今まで築きあげてきたものが消えていく感じがして、なんだか寂しい気分にもなります。」

こんな風にお話してくださる方も居ました。

 


最後は妊娠を取るか!?退職を選ぶか?!の

二者択一!?
病院という職場上、女性がとても多いです。看護師さんとか特に。
同世代の看護師さんが辞められることがありますが、その理由の殆どは妊活に専念するためです。
看護師さんは夜勤があったりと不規則な生活なので、仕事をしながら妊活というのは普通の人以上に大変かもしれません…。
「これ以上職場に迷惑を掛けられない」という理由で、妊活を辞める方もいるようです。
お金も高額になりますしね。。。

生活のためのお仕事なので、絶対に辞められないという方も多いですからね。


ダラダラと書いてしまいましたが…
フルタイムで仕事をしながら不妊治療をすることは、悩みが尽きず想像以上に大変なんだと感じます。

介護問題を理由にした離職と同じ問題が起きているように感じました。

企業の経営という側面から考えると、休みがちの社員よりはしっかり働いてくれる社員の方が良いことはよくわかります。

でも皆さんそれなりに抱えるものがある…。

何をどうしたらよいか、よくわからないですが

頑張っていらっしゃる皆さんの目標が、叶って欲しいと切に願います。

 

本日も最後まで、ありがとうございました。
葉菜

自殺を考えている人が身近にいたら、どうするか?

こんばんは!葉菜です。

今年の夏は台風がたくさん来て、甚大な被害を各地にもたらしましたね。

これ以上の被害拡大がないことを切に願うばかりです。

 

さて、2日ほど前にこんなニュースが発表されました。

ご覧になった方も多いと思います。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

皆さんは、これどう思いましたか?

葉菜は正直、びっくりしました!こんなにいるのか、と。

職業柄自殺を考えている人にお会いすることが多いので、普通の企業に勤めている状態でどれくらいの頻度で出会うのか…とか、ちょっとイメージが出来なくて。

30人ほどのグループに、7~8名いるってことですよね。

ネタ元のリンクも下に貼っておきますね。

http://www.nippon-foundation.or.jp/news/pr/2016/img/102/2.pdf

日本財団

 

ということで、今日は以下のテーマで書いてみようと思います。

「自殺を考える人が身近にいたら

どうするか?」

 

まず、あなたが絶対にどうにかしなくてはいけないわけではないです

正直見て見ぬふりをするのも、一つかも知れません。

よくわからないまま中途半端にアドバイスする位なら

静観しておいたほうがいいのではないか?

一理あると思います。

 

ただ、身近に自殺者または自殺未遂者を持つ方の多くは、以下の感情に悩まされる方が多いように感じます。

あの時、◯◯しておけばよかったのかな…?

そう、後悔です。

 

あの時辛そうだった…。一声でもかけてあげたらよかったのかもしれない…

そして

「どう声をかけたら、接したらいいのですか?」

という質問を受けます。

今日はその接し方をいち心理士の意見ですが書いてみます。

もし参考になれば嬉しいです。

 

 

まず、声をかけてみよう!

どう声をかけて良いかわからないから、そっとしておこう…

そう思う方とても多いと思います。

 

でもこういう時は、こんなふうに声をかけてください。

「どう声をかけたら良いかわからなかったんだけど、とにかく心配だった。大丈夫?」

 

決して特別な言葉はいらないと思います。

思った通りの言葉で伝えてください。

それが一番相手に伝わると思います。

そして時間とあなたが大丈夫な範囲で、話を聞いてあげて欲しいと思います。

 

 

死にたい、自殺を考えている…と

言い出したら?

話を聞いているあなたはとても驚くと思います。一気に心拍数が上がって、緊張してしまう方もいるでしょう。

その時は、まずこんなふうに声掛けしてみてほしいです。

「死を考えるほど、辛いんだね。」

 

自殺未遂者や自殺念慮がある方は、”死にたい”というより

死を考えるほど現状がとてもつらく苦しい。

このつらい状況をぬけ出すには、死ぬしかない。

という心情だと言われています。

 

死ななくて済むなら死にたくないんです、本当は。

でも現状を変えるには死を以って以外不可能である、という気持ちの状態なのです。

 

なので、まずはその辛い心情を理解する意味で、上の言葉をかけてみて欲しいです。

その上で、もう少し話が聞けそうなら聞いてあげてください。

 

 

最後は、専門家に委ねる流れを作る。

精神科医臨床心理士は、死を話題にした話をすることにある意味慣れています。

学術的背景を持ち、面接トレーニングを行うこともあります。

そのような気持ちを扱うことが仕事の一つだからです。

ただこれは専門家だからこそできること、だとも思います。

私自身、臨床心理学を学び臨床心理士として仕事をしてなければ、接することはとても難しかったと思います。

 

私達専門家は、「死にたい」という気持ちを一つのその方の現れとして丁寧に扱い、面接場面で取り上げていきます。面接技法は学派によって違ってくるので一概には言えませんが、直接的に話し合します。

タブー化させない

とも言えるかも知れません。

ゆっくりその話題について話ができる場を提供していくわけです。

 

なんでもそうですが、1人で抱えていると考えがあらぬ方向に行ってしまいませんか?

自殺に関しても一緒で、1人で抱えているといろいろ悪い方向に考えがちで、死ぬしかない!という思考になってしまいがちです。

そんな時に、誰かと話をすると話題に風が通る、言い換えると少し客観的に自分の状況や、やろうとしていることを見られるようになっていく、というわけです。

 

テーマは非常に重たいですが、他の話題と一緒に丁寧に、むしろ重たいテーマだからこそじっくり語り合います。

 

 

なので、身近に自殺を考える人がいたら、例えばこんなふうに声を掛けてみて欲しいです。例文です。

 

「まず、①話をしてくれてありがとう。死を考えるくらいつらい状況だったこと、知らなかった。

僕(私)でできることがあったらやりたい。だけど、死ぬことについては専門家に相談してみたらどうだろう?専門家は死にたい気持ち、死ぬことについてしっかり聞いてくれるし、一緒に考えてくれるらしいよ。

②僕(私)はあなたに生きていて欲しい。③だから自分のせいで逆にもっとつらい気持ちにさせてしまったら…と思うと、死ぬことに関して話をすることが今はちょっと怖い。それ以外で④職場の愚痴とか家庭の悩みとかは、私で良かったら一緒に考えたいと思っているよ。」

 

 

ポイントの箇所に下線を引いておきます。ポイントは4つ

①話をしてくれて、ありがとう。

→死にたい気持ちを含めた話は、話す側にも大きな勇気が必要です。勇気を出して話をしてくれたことに感謝の意を伝えてください。

②あなたに生きて欲しい。

→自殺を考える方は、かなり気分が落ちている状態です。自分なんか居ないほうがみんなが幸せになる…ということを真剣に考えています。「居て欲しい」というメッセージはシンプルですが、相手にとってはとても大きな言葉になります。

③難しいことは難しい、と伝える。

→聞き手も無理のない範囲で!というのはとても大切です。「ずっと付き合って行きたいからこそ、ちゃんとした専門家なのところに行って欲しい」というようなニュアンスをぜひ含めて欲しいです。

④出来ることも伝える。

→最後に出来ることを、関わり続ける気持ちがあることを伝えると、相手の方も安心すると思います。出来ない…だけで終わると、話し手側としては聞き逃げ?!と捉えられて傷つきが大きくなってしまうこともあるからです。

 

 

今日紹介した方法が絶対効くという保証はありません。

やはりcase by caseで実際にお話してみて、どう接するか、どんな言葉をかけるかを決めていくからです。

 

ただ、何か参考になればと思って書きました。

 

 

本日も最後までありがとうございました。

 

 

葉菜

SMAP解散の背景を臨床心理士視点?で妄想してみました。―中年期危機が関係している?-

こんばんは!葉菜です。

 

Rioオリンピックもいよいよ佳境に入ってきましたね!

昨日の卓球女子団体戦の3位決定戦は本当に素晴らしかったですね!

愛ちゃんの涙にもらい泣きをされた方もたくさんいるでしょう。そんな私もその一人ですww

あと残り数日となったオリンピック、まだまだ日本人選手の活躍に期待したいところです!

 

さて、今日はそんなオリンピックで盛り上がる日本に衝撃を与えたニュース

SMAP解散

について書いてみようと思います。

 

14日未明の解散報道。本当にびっくりしました。

その後も随時様々な情報が報道されますが、元マネージャーさんの退職の一件以来

かなり揉めていたようですね・・・。

結成して約25年。いろいろあったとは思いますが・・・

決別のような非常に残念な形での解散は、なんだかとても悲しいです。

 

一方で、SMAPというアイドルグループを

「企業内のいちプロジェクトチーム

40代前半のサラリーマン集団」

等として考えてみると、違ったものが見えてくる?ようにも感じました。

今日はそんなことをあれこれ妄想しながら書いてみようと思います。

 

 

☆もしSMAPメンバーが「普通」のサラリーマンだったら?

SMAPジャニーズ事務所という会社に雇われて月給が支払われているサラリーマンになるのですが、一般企業とはやっぱりちょっと違いますよね。

普通のサラリーマンだったら、どんな感じになっているか考えてみました。

 

まず、メンバーの年齢を見てみます。

 

中居君 43歳(818日のお誕生日が来たら44歳)

キムタクさん 44

ゴローちゃん 42歳(今年43歳)

草なぎくん 42

香取君 39歳(今年40歳)

 

結構皆さん、「いい年」ですね・・・。

普通のサラリーマンだったら「課長」くらいのポストでしょうか。

 

一言で課長と言っても会社の規模によって、そのお仕事は大きく変わると思います。

少人数の部署の場合、課長とは名ばかりで、なんでもやらなくてはいけない場合もありますよね。

一方で、規模が比較的大きいと、課長=マネージメント役ということになるでしょうか。

 

管理される側から管理する側へ移行する年代

と言えるのかもしれません。

 

 

☆25年間同じメンバーで仕事をする・・・って

現実のサラリーマン社会ではあり得ない?

芸能界という特殊世界だからこその話で、一般的なサラリーマン社会では25年間も同じメンバーで仕事をし続ける・・・・ってあり得なくないですか?

って、個人的には思います。

新人が入ってきたり、部署異動があったり、定年退職・転職・病気による休職などで退職する人が居たり・・・常に流動的だと思います。

何らかのプロジェクトでチームが編成されても、プロジェクトが終了すれば解散です。

 

SMAPは途中で森君が抜けましたが、それ以降5人でずっとやってきました。

これって、同じ社会人として考えて、とても凄いことだと思っています。

仲がいいとか悪いとかそういう問題ではなく

ずっと同じメンバーで仕事をし続ける・・・ってかなりキツイことではないでしょうか?

小さい揉め事はそれなりにあったのではないか・・・と勝手に想像してしまいます。

 

改めて考えてみると、同じグループで活動という非常に特殊で、ある意味ストレスがそれなりにありそうな環境にSMAPさんはいたのかな?なんて思いました。

 

 

☆トリガーは信頼するマネージャーさんの退職

ことの発端は、ずっとSMAPのマネージャーさんをされていた女性が、いろいろあって事務所を退職されたことのようですね。追放された、という報道もありますね。

 

信頼していた人が会社の都合で辞めさせられたら、そりゃ怒りますよね、会社に。

不満が募ります。

そもそも会社に不満があったら、辞めるに十分な理由がそろいます。

あまりにも腹が立って会社(事務所)を辞めて、信頼していた人についていきたいと思う気持ち

とても理解できます。実際にやるかどうかは別として。

 

一方で、信頼する人を追放した会社の残りたいと言う人もいる・・・。

「今までさんざんお世話になったのに、何を言っているんだ!?!」と

会社への怒りも、こっちに向かってしまって、怒りに満ち満ちてしまうと思います。

 

また経験的にも年齢的にも、管理される側から管理する側になるくらいなのに

いつまでたっても会社にコントロールされている・・・

「もううんざりだ!」という心境になって・・・・

 

こんなことだったのでしょうか??

妄想ですが、仮にこんな流れだとしたら十分理解できるなーなんて思ってしまいました。

 

 

☆「人生の正午」を迎えているSMAPメンバー。

「人生の正午」という言葉、ご存知ですか?

心理学の世界では大変有名なユングという人が残した考え方です。

子ども時代や30代のころまでは、人生の午前中の部分になります。

日が昇っていくかのように、どんどん成長していく時期と言えるでしょうか。

 

しかし40代で正午を迎えると、あとは午後(中年期)に突入です。

時間を追うごとに日が陰り、やがて夜(老年期)になります。

 

午前と同じ生き方をしていくわけにはいかない

今までとは違う生き方を見つけ出さなければ・・・

でも一体どうしたらいいのか・・・・

 

アメリカの心理学者レビンソンはこの心理プロセスを

「中年の危機」

と名付けました。

 

レビンソンによれば、この時期のなすべき課題として

若い時代を振り返って再評価すること

それまでの人生で不満が残る部分を修正すること

新しい可能性を試してみること

人生の午後に入るにあたって、生じてきた問題を見つめること

4つを挙げています。

 

SMAPの皆さんが、どれだけこれを意識していたかはわかりません。

ただ、かなりの人が中年の危機を経験すると言われています。

 

人生も40歳を越え、これからの人生どう生きていこうか…

このままSMAPとして活動を続けていいのか…

 

今回の解散劇の背景には、各メンバーのこのような心理背景も関係があったのではないか?

と思ってしまいました。

 

 

アイドルと言っても、普通の人間で、普通の40代男性の心理もありますよね。

解散はとても悲しいですが、仕方のないことなのかな?とも報道されるニュースを見るたびに思っています。

 

ただ最後に社会人として?

今のような空中分解状態ではなく、それなりに締まった形で終わりを迎えてほしいですし

そういう姿を見せてほしいと、個人的には思います。

今の報道の感じだと、年内解散といわれていますが、その年内すらもたない気がしてしまうからです。

 

 

今日も、妄想話にお付き合いいただき

ありがとうございました!

 

 

葉菜

一橋大学ロースクールで起きたアウティングによる男性自殺について思うこと。

こんばんは!葉菜です。

今日は先週報道されたこのニュースについて書いてみようと思います。

 

headlines.yahoo.co.jp

昨年8月に一橋大学ロースクールで起きた、アウティングによる男性自殺の件です。

遺族がゲイであることを暴露した同級生と適切な対応をしなかった大学を相手取り提訴、85東京地裁にて、第一回口頭弁論が行われました。

 

 

アウティングとは?

自らの意思で同性愛者であることを公表することをカミングアウトと言いますが、他の人間が当事者の意思に反して同性愛者であることを暴露することをアウティングと言います。

 

 

事件概要

自殺をした男性をAさんとします。友人のZさんに好意を抱いたAさんは、ある日Zさんに告白しました。

その時のZさんの答えは「付き合うことは出来ないけれど、友達でいよう」だったそうです。

それを聞いてAさんも、今まで通り友人としてAさんに接していたそうです。

 

それで終わればよかったのですが・・・。

 

Zさんは約2か月後、Aさんも含んだ同級生9名のグループLINEにこんなメッセージを流しました。

「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめんA

 

そのメッセージを見たAさんは

「たとえそうだとして何かある?笑」

などと返信をします。

 

でも心の中では非常に大きく傷つき、以後精神的に非常に不安定になってしまいました。

勉強も全く手につかなくなり、Zさんへの怒りや悲しみなどの感情からZさんと顔を合わせる授業にも出られなくなってしまったと言います。

 

また心療内科に通ったり、大学のハラスメント相談室や教授、職員、そして保健センターにも相談に行っていたそうです。

大学側もその都度対応していたようですが、本人を守ったり救済できるような対応ではなかったのでしょう。

 

昨年8月下旬、学校構内で自ら命を絶ちました。

 

 

大学側と暴露した友人Zさんの証言

遺族側は大学側と暴露をしたZくんを提訴、300万円の損害賠償を求めています。

大学側は「対応に問題はなかった」と。

暴露したZさんは「恋愛感情をうち明けられて困惑した側として、アウティングするしか逃れる方法はなく、正当な行為だった」と

主張しているそうです。

 

 

大学側の対応で思うこと

対応の不備が指摘されていますが、私個人もそう思います。

その都度相談には乗っていたようですが、その場対応の感が否めないのかな…と。

なぜしっかりした対応ができなかった。それは

Aさんのアセスメントがしっかりできていなかったから

と言えるのではないでしょうか。

正直、自殺を考えるほど追い詰められているとは思っていなかったのかな、と。

 

 

友人Zさんについて思うこと

友達だと思っていた人から突然告白されること…それはとても驚くことだったと思います。

身近に同性愛の人がいたら別ですが、そうでない場合は驚くという反応も理解は出来ます。

戸惑う気持ちも理解は出来ます。

しかし、その気持ちの解消方法は他にもあったのではないでしょうか?

それこそ保健センターや学生相談所などを利用するのも一つだったと思います。

 

友人に暴露する、しかもLINEに流すということ。

個人的にはスケープゴートとも言えるのではないかな?と感じています。

 

 

なぜZさんは、同級生に暴露したのか。

私としては、Zさんは一人で抱えることが出来なかった

と感じています。

告白された後、どうAさんと付き合っていったらよいか…

告白された事実をどうとらえたらよいのか…

Aさんが同性愛者であることをどう考えたらよいのか…

 

様々な感情や思考がうごめき、気持ちがざわつき、最終的にはキャパシティーオーバーになってしまったのかな、と。

 

しかもこのことを、現実を共にする同級生と共有しないとやっていけなかったのかな、と。

相談所とか保健センターとか、その場では話せるが、現実生活では今まで通りに過ごさなくてはいけない状況では、Zさんが耐えられなかったのかな、と。

つまり周囲を巻き込み、自分の気持ちのざわつきを正当化しないと、自分が保てなかったのかな、と感じました。

 

それくらいZさんにとっても衝撃的な出来事だった…とも言えますし

Zさん自身の心の脆弱性が出てしまったかな?とも感じています。

 

ただいくら衝撃的過ぎるとはいえ、Zさんはもう少しAさんのことも考える必要があったと感じます。自分の秘密を他人に暴露されたらどんな気持ちでしょうか。

また、大学側も自己対応不能に陥っているZさんへの積極的介入を検討しても良かったのではないか?と感じます

 

 

同性愛を含んだLGBTをもっと身近な存在として考えることの必要性

今日、こんなニュースがありました。

news.yahoo.co.jp

ブラジルでは同姓婚が合法なのだそうです。

最近日本でも、LGBTがよく聞かれるようになりました。

企業でも対応を積極的に検討しているところが増えてきたように思います。

社会人の中では、少しずつ理解が広まっているように思います。

 

個人的には、小学生から大学生までの未成年へどのように教育していくか…

これがすごく重要だと感じています。

小さい頃は特に、ちょっとした“違い”がいじめの原因になります。

“男の子なのに女っぽい”とかそういう理由だけでいじめになったりします。

まだ幼いので多少は仕方ないところもあるかもしれませんが、その時に周囲の大人がどう対応するのか、どういう姿勢を見せるのか…

これがとても重要かと。

 

私自身、心理士として、また一個人としてどう考え、どう接していきたいか、またどう子ども世代に伝えていくか…考える機会になりました。

 

判決がどう出るか、とても気になります。

 

 

何より、Aさんのご冥福を謹んでお祈り申し上げます。

 

 

今日もありがとうございました。

 

葉菜

 

相模原殺傷事件から一週間が経ちました。

こんにちは。葉菜です。

今日は先週に引き続き、相模原市障害者支援施設「神奈川県立津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件について書いていこうと思います。

 

 

大麻使用による精神症状

大麻使用は、一時的ではないようですね。かなりの期間使用しており、植松容疑者を今回の殺傷事件へと駆り立てた要因のようです。

前回のブログでは、大麻精神病の可能性は個人的には低い・・・旨を書きましたが、違っていました。すいません。

 

大麻使用による身体・精神面の変化について、調べてみました。

薬物乱用防止「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ

欲求不満耐性が低くなったり、感情の起伏が激しくなったり、うつ症状・自己陶酔が見られたり、窃盗や交通違反など違法行為が目立ったり…

とにかく

「以前と比べて、著しく行動が変容する」

が、見極めのポイントのようです。

 

ニュースを見る限り植松容疑者も、以前と比べるとかなり様子が変わったようなので当てはまるのかもしれません。

 

 

どうして野放しになってしまったのか?

1)緊急措置入院はしたのに…、なぜその後、行政の目が届かない状態になってしまったのか?

2)入院時の尿検査で大麻反応があり本人も認めたのに、逮捕にならなかったのか?

このような疑問を持たれる方はとても多いと思います。

 

これは、新聞各社やネットでも争点になっているところですね。

以下、前回と重複しますが一部個人的な経験を踏まえて、書いていきます。

 

1)緊急措置入院の理由は「自傷他害の恐れがあったから」でした。そしてその恐れが消えたら措置入院は解除になります。

その後、何らかの精神症状(幻覚や妄想、強い抑うつ気分や不安感、そう状態)などが残れば、医療保護入院(家族同意)、任意入院(本人同意)などに切り替わります。

逆に、何らかの精神症状がなければ退院となります。通院も、通う理由がなければないですし、たまに主治医から「その後を診たいから」という理由で退院後数回診察することもありますが、それも問題がなければ数回で終了になることが多いと思います。

基本的に精神科や心療科に通うのは投薬のために、がほとんどなので投薬が不要の場合繫がり続けることは難しいといえるかもしれません。

 

今回の事件の植松容疑者の場合は、「県外にいる両親と同居する」ことを条件に退院、外来フォローなし、になったようですね。

勝手な想像ですが、「何かまた困ったことが起きたら、近医の精神科を受診してください」と両親に伝えて退院になり、入院した病院とは一旦切れたのかな?と思っています。

それくらい緊急措置入院が解除になった時は、精神保健指定医から見ても落ち着いていたのかなとも感じています。

 

2)私もよくわからなかったので調べたところ

大麻は使用では逮捕されない」

ようです。

逮捕適応は、保持と売買のみ。

尿検査で大麻反応が出ても、所持をしていなければ逮捕できないわけです。

一方、最近芸能人の逮捕者が多い「覚せい剤は使用でも逮捕される」ようです。

種類によって取り締まりの規制が違うのですね。

 

現状の制度の間をすり抜けてしまって起きた事件と言えるのかもしれません…。

 

 

障害を持った方の苦しさ。

「全国手をつなぐ育成会連合会」が声明文を出し、各社報じていました。

http://zen-iku.jp/wp-content/uploads/2016/07/160726stmt.pdf

私も原文を読ませていただきましたが、障害を持った方が感じているだろう恐怖や不安がしっかり書かれ、「全力で守っていく」メッセージを強く感じました。

一方で改めて事の大きさを痛感し、このような方々に関わる機会がある身として引き締まる思いがしました。

 

以下、私の経験を少し書きます。

 

今まで障害を持った患者さんとたくさん関わってきましたが、患者さんの中には家族との摩擦や不和、学校や社会でうまく適応できない…などの理由から、自分自身に対して否定的な思いを持っている方が少なくありませんでした。

「自分が居なくなったほうが、みんなは幸せなんだ」とか

「居ても意味がない」とか。

 

もちろん、幸せに暮らしている方もたくさんいらっしゃいます。

でも、そうではない、何らかの傷つきを持っている方も多いと感じています。

 

以前数年間担当した、知的障害を持つ患者さんが面接内でこんなことをお話してくれたことを思い出します。

「望んでこうなったわけじゃない。望んで生まれたわけじゃない。生まれたらこうだった。何をしてもうまくいかない。自分では一生懸命頑張っているのに。みんなに迷惑をかけているのが分かる。でも私は一人では生きていけない。生きていることがつらい。」と。

 

人の力を借りなければ

生きていけないことのつらさ

 

もちろん人は人の助けなしでは生きていけませんが、身の回りのことでさえも人の力が必要というのは、確かに本当に辛いことだと思います。

周囲から問題児扱いされていた方でしたが、この言葉を聞いたとき、この方の本当の苦しみが分かった気がして、この方と一緒に私も泣いてしまったことを思い出します。

 

何をどうすることが障害を持った方のためになるのか、どうしたら生きやすくなるのか

答えは出ませんが、日々接していく中で考え続けていきたいと思っています。

 

 

最後に

植松容疑者について司法はどう判断するのか、とても気になります。

医療観察法の可能性もあるのでしょうか。

個人的には医療観察法ではなく、しっかり刑に処してほしいと思います。

 

今日もありがとうございました。

暑い日が続いています。水分補給や休息をしっかり取りながら、暑い夏を乗り越えましょう!

 

葉菜