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臨床心理士hanaのひとり妄想diary☆

総合病院勤務です。世の中の出来事を、いち臨床心理士の視点からいろいろ妄想しつつ、考えてみたいと思っています。

高齢者の運転を止めさせるには?②ー老いの他人性という心理

こんばんは!葉菜です。

昨日の続き、です。

 

近い将来に「死」があるという現実

 「高齢者」になると、多方面で様々なものを失っていきます。「出来ていたことが出来なくなる・しづらくなる」身体的な側面だけでなく、定年になり職(居場所?)を失う、地位を失う、同世代の夫(妻)や友人が病気になったり亡くなる等です。

そして今までは「人の助けをしていた立場」から「助けてもらう立場」に変化していきます。

電車内で若い人に席を譲られる、重たい荷物に手こずって店員さんに助けてもらう、足腰が弱り、杖や手すりが必要になる…もう少し進んでくると、日常生活の基本動作「食べる、着替える、入浴する、排泄する等」でさえも人の助けが必要になっていきます。その先にあるもの、それは「死」です。

要するに、遠い存在の「死」が非常に身近なものとして感じられるようになっていきます。

 

出来ていたものが出来なくなる、あったもの(居た人)が無くなる(亡くなる)という体験は、やはりとても寂しいものです。なぜなら二度と元には戻らないからです。そして「死に向かって生きる」という現実を正面から受けいれて生きるということも、非常に辛いものではないでしょうか。

頭では理解できても、孫の顔が見たい、子どもが結婚するところまでは見届けたい、等年齢を重ねても、人間は常に生きる目的を見つける存在です。

高齢者ドライバーの方も免許返納が「一時的なもの」であれば、快く受け入れる事でしょう。しかし返納は「一生」です。

二度と戻らないものを自らの意志で手放すということ・・・それは

 

自分自身の力の限界を認めること

また一つ、自由を失うこと

老いを認めること

また一歩、終焉(死)に向かって進むこと…等

 

運転免許返納にはここまで意識して考えている方は少ないかもしれませんが、高齢者の方の非常に複雑な気持ちが絡んでいると思います。

特に「まだまだ頑張ろう!」と思っている方なら、なおさらですよね。

こう考えると、手放したくない気持ちはとてもよくわかります。

 

しかし、実際に事故になってしまう方がもっともっと大変です。

では自主返納をした方が良い高齢者ドライバーの方に、どのように接し話をしたらよいでしょうか。

 

明日は、接し方、説得の仕方?について考えてみたいと思います。